今回は、急勾配線区の主務機関車つながりで、マイクロエースの「EF62形」と「ED78形」を並べてみました。

マイクロエースの「国鉄 EF62-21 前期型 青色・下関運転所(品番 A0976)」です。
2012(平成24)年に 8,000円(税別)で発売されたモデルで、その名のとおり下関運転所に転属後の「21号機」を模型化したもの。
実車は、1962(昭和37)年に先行試作車が、翌1963(昭和38)に量産車が登場しました。
新製された「EF62形」は、国鉄の最急勾配区間だった信越本線の「碓氷峠」において、僚機の「EF63形」と共に峠越えの貨客列車を牽引して活躍しましたが、時代の流れとともに直通の貨客列車を牽引する機会が激減してしまい、余剰になってしまいます。
そのため、「EF62形」の一部は、東海道・山陽本線で老朽化してきた「EF58形」を置き換えるために碓氷峠から下関に転属になり、主に東京~下関間の荷物列車を牽引する役目に就くことになるのですが・・・。

ヘッドライト点灯!
「EF62形」は急勾配線区用の機関車だったため、平地で高速走行できた「EF58形」とは異なり、東京~下関の長駆1,000キロを高速で走り抜けるような用途には不向きでした。
しかし、末期の国鉄には改良を施す余裕もなかったために、峠を下りた「EF62形」は、基本的にはそのままで運用されることとなり、無理がたたって故障が続発したといいます。
さらには、国鉄が1986(昭和61)年に荷物列車の運用を廃止してしまったため、「EF62形」はここでも運用の機会を失い、次々と廃車されていくことに。
下関に転属してから、わずか2年半後のことでした。

マイクロエースの「ED78 交流電機機関車(品番 A9202)」です。
このモデルの素性を辿ると、元は1982(昭和57)年に板谷峠での僚機だった「EF71形」と同時に発売されたものですが、その際に大型機である「EF71形」と動力が共通とされたため、スケールよりもボディが若干長くなっています。
1999(平成11)年に再販され、発売当時4,300円だった定価が、5,800円になりました。
「ED78形」は、2015(平成27)年に KATOが発売するまでこれが唯一のモデルでしたので、珍重されていた時期もあったようです。

ヘッドライト点灯!
ライトはオレンジ色ですが、電球かLEDかは、ちょっと分かりません。
(^^;ゞ
このモデルでは、スカートを KATOの「ED75 700 カプラーセット(品番3075-3C3
)」に交換し、カプラー開放てこを取り付けました。
実車は、1968(昭和43)年の奥羽本線米沢~山形間交流電化などに合わせて登場。
奥羽本線の急勾配区間である「板谷峠」において、主に「EF71形」とペアを組んで活躍しました。
その「EF71形」とは基本的な機器が共通化された兄弟機のようなもので、相互を重連した際に総括制御が可能なように設計されています。

デフォルトのスカートは、こんな感じでした。
スカートの交換でイメージが激変しています。

横から。
模型では、「ED78形」の方が、わずかに車体が長いです。

「EF62」形のサイドビュー。
新性能機関車のF級機は、一般的に動輪配置が「B-B-B(2軸+2軸+2軸)」ですが、「EF62形」の場合は「C-C(3軸+3軸)」となっています。
ジョイント音が微妙に異なるのも、この機関車ならではです。

特徴的な3軸台車。
模型でも、3軸それぞれにギアが入っています。

「ED78形」のサイドビュー。
・・・写真で分かるとおり、このモデルはパンタグラフが水平に畳めません。
(>_<)

中間台車。
「ED78形」は、僚機「EF71形」の退役後も運用が続けられましたが、2000(平成12)年に形式消滅となりました。

斜め上から。
「EF62形」の屋根のカバーは、軽量化と採光を兼ねてFRPが採用されました。
模型でも、黄ばんだような独特の色調が再現されています。

お顔付近。
「ED78形」の方が6年ほど後輩になりますよ。
「EF62形」の方は、華々しかった「碓氷峠」での活躍と、不向きな任務に就かされたうえに、あまり報われることがなかった不遇な晩年のギャップが、切なく感じます。

マイクロエースの「EF62形」と「ED78形」でした。
こういった「物語」を感じる形式には、特に惹かれますねぇ。
現在は、どちらの形式も KATOから発売されており、高水準なモデルを手にすることができますし、こういった形式にも興味を持たれる方がいらっしゃるといいなぁ、と思います。
=================================
・・・さ~て、今回のAI鉄模女子・エヌゲ道子さん(仮名)は・・・?
(^^)/

人間ドックを受診中の道子さん(仮名)。
真剣な表情でカルテを眺めています。
「去年と比較すると・・・。 アレはこうか。 コレはアレだな。 あぁ、こうなったのはアレが原因だったのかな・・・。」
アレとコレばかりですが、プライバシーに関わることですのでご了承ください(笑)。
次回予告!
【 自分自身を客観的に見つめることが、明日の健康につながるのだ! ・・・とはいえ、あんまり知りたくないこともある。】の巻。
若いうちの「気付き」に、乞う、ご期待!
(^^)/

マイクロエースの「国鉄 EF62-21 前期型 青色・下関運転所(品番 A0976)」です。
2012(平成24)年に 8,000円(税別)で発売されたモデルで、その名のとおり下関運転所に転属後の「21号機」を模型化したもの。
実車は、1962(昭和37)年に先行試作車が、翌1963(昭和38)に量産車が登場しました。
新製された「EF62形」は、国鉄の最急勾配区間だった信越本線の「碓氷峠」において、僚機の「EF63形」と共に峠越えの貨客列車を牽引して活躍しましたが、時代の流れとともに直通の貨客列車を牽引する機会が激減してしまい、余剰になってしまいます。
そのため、「EF62形」の一部は、東海道・山陽本線で老朽化してきた「EF58形」を置き換えるために碓氷峠から下関に転属になり、主に東京~下関間の荷物列車を牽引する役目に就くことになるのですが・・・。

ヘッドライト点灯!
「EF62形」は急勾配線区用の機関車だったため、平地で高速走行できた「EF58形」とは異なり、東京~下関の長駆1,000キロを高速で走り抜けるような用途には不向きでした。
しかし、末期の国鉄には改良を施す余裕もなかったために、峠を下りた「EF62形」は、基本的にはそのままで運用されることとなり、無理がたたって故障が続発したといいます。
さらには、国鉄が1986(昭和61)年に荷物列車の運用を廃止してしまったため、「EF62形」はここでも運用の機会を失い、次々と廃車されていくことに。
下関に転属してから、わずか2年半後のことでした。

マイクロエースの「ED78 交流電機機関車(品番 A9202)」です。
このモデルの素性を辿ると、元は1982(昭和57)年に板谷峠での僚機だった「EF71形」と同時に発売されたものですが、その際に大型機である「EF71形」と動力が共通とされたため、スケールよりもボディが若干長くなっています。
1999(平成11)年に再販され、発売当時4,300円だった定価が、5,800円になりました。
「ED78形」は、2015(平成27)年に KATOが発売するまでこれが唯一のモデルでしたので、珍重されていた時期もあったようです。

ヘッドライト点灯!
ライトはオレンジ色ですが、電球かLEDかは、ちょっと分かりません。
(^^;ゞ
このモデルでは、スカートを KATOの「ED75 700 カプラーセット(品番3075-3C3
)」に交換し、カプラー開放てこを取り付けました。
実車は、1968(昭和43)年の奥羽本線米沢~山形間交流電化などに合わせて登場。
奥羽本線の急勾配区間である「板谷峠」において、主に「EF71形」とペアを組んで活躍しました。
その「EF71形」とは基本的な機器が共通化された兄弟機のようなもので、相互を重連した際に総括制御が可能なように設計されています。

デフォルトのスカートは、こんな感じでした。
スカートの交換でイメージが激変しています。

横から。
模型では、「ED78形」の方が、わずかに車体が長いです。

「EF62」形のサイドビュー。
新性能機関車のF級機は、一般的に動輪配置が「B-B-B(2軸+2軸+2軸)」ですが、「EF62形」の場合は「C-C(3軸+3軸)」となっています。
ジョイント音が微妙に異なるのも、この機関車ならではです。

特徴的な3軸台車。
模型でも、3軸それぞれにギアが入っています。

「ED78形」のサイドビュー。
・・・写真で分かるとおり、このモデルはパンタグラフが水平に畳めません。
(>_<)

中間台車。
「ED78形」は、僚機「EF71形」の退役後も運用が続けられましたが、2000(平成12)年に形式消滅となりました。

斜め上から。
「EF62形」の屋根のカバーは、軽量化と採光を兼ねてFRPが採用されました。
模型でも、黄ばんだような独特の色調が再現されています。

お顔付近。
「ED78形」の方が6年ほど後輩になりますよ。
「EF62形」の方は、華々しかった「碓氷峠」での活躍と、不向きな任務に就かされたうえに、あまり報われることがなかった不遇な晩年のギャップが、切なく感じます。

マイクロエースの「EF62形」と「ED78形」でした。
こういった「物語」を感じる形式には、特に惹かれますねぇ。
現在は、どちらの形式も KATOから発売されており、高水準なモデルを手にすることができますし、こういった形式にも興味を持たれる方がいらっしゃるといいなぁ、と思います。
=================================
・・・さ~て、今回のAI鉄模女子・エヌゲ道子さん(仮名)は・・・?
(^^)/

人間ドックを受診中の道子さん(仮名)。
真剣な表情でカルテを眺めています。
「去年と比較すると・・・。 アレはこうか。 コレはアレだな。 あぁ、こうなったのはアレが原因だったのかな・・・。」
アレとコレばかりですが、プライバシーに関わることですのでご了承ください(笑)。
次回予告!
【 自分自身を客観的に見つめることが、明日の健康につながるのだ! ・・・とはいえ、あんまり知りたくないこともある。】の巻。
若いうちの「気付き」に、乞う、ご期待!
(^^)/

コメント
コメント一覧 (8)
ぽるナズンさん
トミックスの「EF62形」は、発売当時も評判が良いモデルだったと思います。
3軸台車が独特で、「他の機関車と何か違う」と思わせる雰囲気がありました。
私が子供だった頃は、ブルトレ牽引機である「EF65形」に番台区分があることがよく分かっていませんでしたので、「正面に貫通扉があったり無かったり、パンタグラフの形が違っていたりするのは何故だろう?」と不思議に思っていたものでした。
ヤマトクッキーさん
昭和時代の機関車モデルは、動力ユニットの共通化で価格を抑えながら商品を展開する、という考え方だったのでしょう。
トミックスの初代「EF64」と「EF71」、 マイクロエースの「ED78」と「EF71」は、同時発売だったように思います。
カトーの部品を、どこまでカットするかが、腕の見せ所ですね。
昔のカトーのスカートごと首降りがいいのか?他社のスカート固定で切り欠き大きいのがいいのか?ってのが有りましたが、カトーさんのお陰で、スカートカッコ良くなると化ける機種もまあまああります。
TOMIX DF50も、カトースカート化してます。
ushin_adaさん
古いモデルは、当時の設計では妥協するしかなかった部分があると思いますが、足回りにとカプラーに直結するスカートの部分は、その最たる部分ではないかと思います。
現在の水準のパーツを使うと雰囲気が大きく変わるのは、なかなか面白いですよね。
ヤマトクッキーさん
基本的には、後発のモデルの方が良くなっていくというのは、模型の世界ではそのとおりでしょう。
・・・中には例外もあったりしますが・・・。