今回は、JR久大(きゅうだい)本線の「田主丸(たぬしまる)駅」を訪ねてきました。
田主丸駅は、国鉄久大線の久留米~筑後吉井間が営業運転を開始した 1928(昭和3年)に開業されたとのことで、あと2年(2028年)で駅開業から 100周年となります。

現在の駅舎は、1992(平成4)年に当時のふるさと創生資金を利用して建てられたもので、河童を模した大変ユニークなデザインです。

どこから見ても「河童」ですね。
(^^)
このデザインは、地元の「浮羽工業高校」の学生さんによるものだとか。

駅前にも河童の石像が。

なんと、ホームにも河童の像が設置されています。
この像はけっこう大きく、高さは3mほど。

とりあえず、手のひらに乗せるというお約束のトリック写真を撮るAI鉄模女子・エヌゲ道子さん(仮名)。

駅舎の河童の顔部分は、カフェ「KAPATERIA(カパテリア)」になっています。

道子さん(仮名)も、カフェを前にそわそわした様子(笑)。

大胆にも(笑)、用意していた河童スーツに変身した道子さん(仮名)。
この「田主丸駅」は、1960(昭和35)年頃には1日あたり約 4,000人の利用者があり、地元産の庭木や苗木を1日あたり約 15tも発送していたそうです。
かつては貨物駅でもあったんですね。
しかし、1984(昭和59)に、貨物等の取り扱いは廃止となってしまいました。

ホームの巨大河童像と並んでポーズ。
「♬ かっぱっぱ〜 ♪ ルンパッパ〜 ♬」の曲が聞こえてきそうです(笑)。
田主丸駅が設置されている「久留米市田主丸町」は、河童の街。
町内を流れる筑後川や巨瀬(こませ)川に「河童伝説」が伝承されるなど、水難除けや豊作を祈る伝統文化として現在も大切に継承されています。
また、河童の石像やレリーフがあちこちに設置され、地元のお菓子や、名産品のモチーフとしても親しまれています。

「田主丸駅」における1日平均乗車人員は、2024(令和6)年度で 526人だったそうです。
1960年の 4,000人と比較すると、約87%の減少ですね。
JR久大本線には、並行して国道210号が走っているため、モータリゼーションの発達とともに鉄道利用者が減少してしまうというのは致し方ない面もあるのですが・・・。
このユニークな駅舎が 100周年のその後も愛され続けますように・・・と、願わずにはいられません。
田主丸駅は、国鉄久大線の久留米~筑後吉井間が営業運転を開始した 1928(昭和3年)に開業されたとのことで、あと2年(2028年)で駅開業から 100周年となります。

現在の駅舎は、1992(平成4)年に当時のふるさと創生資金を利用して建てられたもので、河童を模した大変ユニークなデザインです。

どこから見ても「河童」ですね。
(^^)
このデザインは、地元の「浮羽工業高校」の学生さんによるものだとか。

駅前にも河童の石像が。

なんと、ホームにも河童の像が設置されています。
この像はけっこう大きく、高さは3mほど。

とりあえず、手のひらに乗せるというお約束のトリック写真を撮るAI鉄模女子・エヌゲ道子さん(仮名)。

駅舎の河童の顔部分は、カフェ「KAPATERIA(カパテリア)」になっています。

道子さん(仮名)も、カフェを前にそわそわした様子(笑)。

大胆にも(笑)、用意していた河童スーツに変身した道子さん(仮名)。
この「田主丸駅」は、1960(昭和35)年頃には1日あたり約 4,000人の利用者があり、地元産の庭木や苗木を1日あたり約 15tも発送していたそうです。
かつては貨物駅でもあったんですね。
しかし、1984(昭和59)に、貨物等の取り扱いは廃止となってしまいました。

ホームの巨大河童像と並んでポーズ。
「♬ かっぱっぱ〜 ♪ ルンパッパ〜 ♬」の曲が聞こえてきそうです(笑)。
田主丸駅が設置されている「久留米市田主丸町」は、河童の街。
町内を流れる筑後川や巨瀬(こませ)川に「河童伝説」が伝承されるなど、水難除けや豊作を祈る伝統文化として現在も大切に継承されています。
また、河童の石像やレリーフがあちこちに設置され、地元のお菓子や、名産品のモチーフとしても親しまれています。

「田主丸駅」における1日平均乗車人員は、2024(令和6)年度で 526人だったそうです。
1960年の 4,000人と比較すると、約87%の減少ですね。
JR久大本線には、並行して国道210号が走っているため、モータリゼーションの発達とともに鉄道利用者が減少してしまうというのは致し方ない面もあるのですが・・・。
このユニークな駅舎が 100周年のその後も愛され続けますように・・・と、願わずにはいられません。

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