今回は、平成筑豊鉄道の「崎山(さきやま)」駅を訪ねてきました。
平成筑豊鉄道は、福岡県の筑豊~京築地区において 1989(平成元)年にJR九州から旧国鉄の伊田線・糸田線・田川線を継承し、営業している第三セクターの鉄道です。
発足当初はセメントの輸送に支えられ、「三セクの優等生」として知られていましたが、2004(平成16)年にセメント会社が事業を停止。
沿線の人口減少も相まって利用客の減少に歯止めがかからず、2025(令和7)年からは、上下分離方式や路線バス転換などの選択肢を含めた存廃議論が行われていたところでしたが・・・。
2026(令和8)年3月、法定協議会において「平成筑豊鉄道を廃止し、路線バスに転換する」案が決議され、平成筑豊鉄道は廃止されることが決まってしまいました。

廃止の方針は決まったものの、具体的な廃止の時期はまだ決まっていません。
ならば、まだ鉄道が存続しているうちに・・・と、行ってみたかった「崎山(さきやま)駅」を訪ねてみたのです。
この「崎山駅」は、テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」で、2025(令和7)年に「豪華列車も走っているのにボロボロの駅舎」として紹介されたとのこと。
「そんなにボロボロの駅舎なのか?」と興味が湧きまして。
・・・駅前からの外観は、確かに古い駅舎ですが、「ボロボロ」とまでは言えない気がしますよ。
駅の様子を見ていきましょう。

待合室の様子。
手入れが行き届いており、床もピカピカです。
「ボロボロ」だなんてとんでもない。

AI鉄模女子のエヌゲ道子さん(仮名)も、思わずベンチに座ってみるほど(笑)。

かつて有人駅だった頃の窓口は塞いであります。
待ち時間用の本棚が設置され、訪問者ノートも置いてありました。

時刻表を眺める道子さん(仮名)。
上下線とも、基本的には1時間に1本です。

ホームの駅名標を紹介する道子さん(仮名)。
何故かドヤ顔です(笑)。

そうこうしているうちに、犀川・行橋方面行きの列車がやって来ました。
「400形気動車」の 405号車、「#マクセル号」です。
地元に事業所があるマクセル社、マクセルイズミ社が、平成筑豊鉄道支援のために、フルラッピング車として運行しているそう。

出発した「#マクセル号」を見送る道子さん(仮名)。
平成筑豊鉄道では、観光レストラン列車である2両編成の「ことこと列車」以外は、全て単行です。
「ナニコレ珍百景」で紹介された「豪華列車」というのは、「ことこと列車」のことでしょう。

ただ、かつての国鉄線の名残でホームは長いです。
この「崎山駅」は、1954(昭和29)年に信号場として開設され、2年後の1956(昭和31)年に駅に昇格したという経緯があり、本線は単線ながらも、駅構内は列車の交換が可能な2面2線となっています。
実際、上り列車と下り列車は、上下線の異なるホームに停車していました。
・・・ローカル線のレイアウトなら「現在は使われていないホームの先端部分が、草に覆われている」という表現も面白いかもしれませんね。

上下線は、構内踏切で連絡されています。

構内踏切を渡る道子さん(仮名)。
遮断機はありません。

田川伊田・金田・直方方面のホーム。

待合所の様子。

・・・駅舎は手入れされていますが、かつて信号所だった方の建物は、蔦に覆われて老朽化が進んでいるようです。
屋根には青いビニールシートも。

こうしてみると、信号所の建物に駅舎が増築された様子が分かります。
・・・駅舎の屋根も歪んでいるような気もしますが・・・。

かつて駅員さんが勤務していた窓口内の様子。

駅舎から信号所2階には、小さな階段で繋がっているようです。

信号所2階の様子。
屋根も床も抜け落ちていますね・・・。

こちらは信号所1階の様子。
当然ながら、建物の中には入れません。
これらの写真は、窓ガラスにスマホを当てて撮影したものです。

信号所の1階は倉庫になっていたようです。
「ポイント油1号」と書かれた缶が置いてありました。

・・・信号所だった建物の横に、白くペイントされた小屋のようなものがあります。

なんと!
この建物は浴場だったようです。
出入口の上に、2026(令和8)年から遡ること 62年前になる「昭和39年」の建物財産標が設置してありました。

横には井戸だと思われる跡が。
60年ほど前は、駅員さんが泊まり込んだ時など、このとても小さな浴場で入浴されていたのでしょうかねぇ。

こんな貴重な建物が残っていることに、道子さん(仮名)も、驚きと感動の表情です。
ローカル駅などで、鉄道官舎の近くに浴場を設置してみるとリアルになりそう。

今度は、直方行きの列車がやって来ました。
「400形」の 411号です。

草に覆われたホーム先端から、駅舎方向を望んだところ。
かつてこの路線では、「DE10形」が「50系客車」5両編成を牽引していたこともあったようです。
当時の運転士さんが機関車から振り返ると、崎山駅はこんな感じで見えていたのでしょうね。
「崎山駅」は、1954(昭和29)年に信号場として開設され、1956(昭和31)年に駅に昇格したという経緯がありますので、信号場の建物は 2026年時点で築72年、駅舎は築70年ということになります。
建物は確かに老朽化していましたが、駅としては今なお立派に「活きて」いました。
(^^)
平成筑豊鉄道は、福岡県の筑豊~京築地区において 1989(平成元)年にJR九州から旧国鉄の伊田線・糸田線・田川線を継承し、営業している第三セクターの鉄道です。
発足当初はセメントの輸送に支えられ、「三セクの優等生」として知られていましたが、2004(平成16)年にセメント会社が事業を停止。
沿線の人口減少も相まって利用客の減少に歯止めがかからず、2025(令和7)年からは、上下分離方式や路線バス転換などの選択肢を含めた存廃議論が行われていたところでしたが・・・。
2026(令和8)年3月、法定協議会において「平成筑豊鉄道を廃止し、路線バスに転換する」案が決議され、平成筑豊鉄道は廃止されることが決まってしまいました。

廃止の方針は決まったものの、具体的な廃止の時期はまだ決まっていません。
ならば、まだ鉄道が存続しているうちに・・・と、行ってみたかった「崎山(さきやま)駅」を訪ねてみたのです。
この「崎山駅」は、テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」で、2025(令和7)年に「豪華列車も走っているのにボロボロの駅舎」として紹介されたとのこと。
「そんなにボロボロの駅舎なのか?」と興味が湧きまして。
・・・駅前からの外観は、確かに古い駅舎ですが、「ボロボロ」とまでは言えない気がしますよ。
駅の様子を見ていきましょう。

待合室の様子。
手入れが行き届いており、床もピカピカです。
「ボロボロ」だなんてとんでもない。

AI鉄模女子のエヌゲ道子さん(仮名)も、思わずベンチに座ってみるほど(笑)。

かつて有人駅だった頃の窓口は塞いであります。
待ち時間用の本棚が設置され、訪問者ノートも置いてありました。

時刻表を眺める道子さん(仮名)。
上下線とも、基本的には1時間に1本です。

ホームの駅名標を紹介する道子さん(仮名)。
何故かドヤ顔です(笑)。

そうこうしているうちに、犀川・行橋方面行きの列車がやって来ました。
「400形気動車」の 405号車、「#マクセル号」です。
地元に事業所があるマクセル社、マクセルイズミ社が、平成筑豊鉄道支援のために、フルラッピング車として運行しているそう。

出発した「#マクセル号」を見送る道子さん(仮名)。
平成筑豊鉄道では、観光レストラン列車である2両編成の「ことこと列車」以外は、全て単行です。
「ナニコレ珍百景」で紹介された「豪華列車」というのは、「ことこと列車」のことでしょう。

ただ、かつての国鉄線の名残でホームは長いです。
この「崎山駅」は、1954(昭和29)年に信号場として開設され、2年後の1956(昭和31)年に駅に昇格したという経緯があり、本線は単線ながらも、駅構内は列車の交換が可能な2面2線となっています。
実際、上り列車と下り列車は、上下線の異なるホームに停車していました。
・・・ローカル線のレイアウトなら「現在は使われていないホームの先端部分が、草に覆われている」という表現も面白いかもしれませんね。

上下線は、構内踏切で連絡されています。

構内踏切を渡る道子さん(仮名)。
遮断機はありません。

田川伊田・金田・直方方面のホーム。

待合所の様子。

・・・駅舎は手入れされていますが、かつて信号所だった方の建物は、蔦に覆われて老朽化が進んでいるようです。
屋根には青いビニールシートも。

こうしてみると、信号所の建物に駅舎が増築された様子が分かります。
・・・駅舎の屋根も歪んでいるような気もしますが・・・。

かつて駅員さんが勤務していた窓口内の様子。

駅舎から信号所2階には、小さな階段で繋がっているようです。

信号所2階の様子。
屋根も床も抜け落ちていますね・・・。

こちらは信号所1階の様子。
当然ながら、建物の中には入れません。
これらの写真は、窓ガラスにスマホを当てて撮影したものです。

信号所の1階は倉庫になっていたようです。
「ポイント油1号」と書かれた缶が置いてありました。

・・・信号所だった建物の横に、白くペイントされた小屋のようなものがあります。

なんと!
この建物は浴場だったようです。
出入口の上に、2026(令和8)年から遡ること 62年前になる「昭和39年」の建物財産標が設置してありました。

横には井戸だと思われる跡が。
60年ほど前は、駅員さんが泊まり込んだ時など、このとても小さな浴場で入浴されていたのでしょうかねぇ。

こんな貴重な建物が残っていることに、道子さん(仮名)も、驚きと感動の表情です。
ローカル駅などで、鉄道官舎の近くに浴場を設置してみるとリアルになりそう。

今度は、直方行きの列車がやって来ました。
「400形」の 411号です。

草に覆われたホーム先端から、駅舎方向を望んだところ。
かつてこの路線では、「DE10形」が「50系客車」5両編成を牽引していたこともあったようです。
当時の運転士さんが機関車から振り返ると、崎山駅はこんな感じで見えていたのでしょうね。
「崎山駅」は、1954(昭和29)年に信号場として開設され、1956(昭和31)年に駅に昇格したという経緯がありますので、信号場の建物は 2026年時点で築72年、駅舎は築70年ということになります。
建物は確かに老朽化していましたが、駅としては今なお立派に「活きて」いました。
(^^)

コメント