世の中に量産品が出回る前には、たいていの場合「試作品」というものが作られます。

 もちろん、鉄道の車両でも例外ではありません。

 最初からデータ収集が目的のワンオフ機か、用途が限定されているので生産数を絞ったのか、はたまた量産を前提に作りながらも、何らかの理由で果たされなかったのか・・・。

 それぞれに事情はあるにしても、試作機や少数量産機には物語を感じますね。

 ・・・で、そういった車両をNゲージ完成品として模型化してくれるのは、やはりマイクロエースですね。

 今回は、手持ちの車両から紹介してみます。



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 満鉄の超特急「あじあ号」を牽引する専用機関車として開発された「パシナ形」は、全部で12両が製造されました。
 最終号機となる「パシナ981形」は、それまでの11両と異なり「ヘルメット型」と呼ばれる独特のスタイルとなりました。



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 「C53形」は1928(昭和3)年に登場した3シリンダー式の蒸気機関車です。
 そのうち、43号機は当時世界的な流行だった流線形に改造されました。

 「C55形」の流線形モデルもマイクロエースから発売されていますが、こちらの実車は21両も製造されたとのことですので、少数量産機とはいえないかなぁ・・・。



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 「E10形」は、1948(昭和23)年に登場し、5両しか生産されなかった大型タンク式機関車。
 マイクロエースからは、4号機以外の4両が模型化されています。

 私が入線させているのは5号機です。



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 「DF40形」は、1955(昭和30)年に登場。
 オリジナリティあふれるカラーリングですね。

 後に「DF91形」に改称され、スタイル・塗色に変更が施されて「DF50形」とともに主に四国で活躍しました。



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 「DF90形」は1956(昭和31)年に登場。
 実車は1機しか存在しませんでしたが、この茶色のモデルを含め、マイクロエースは3種のカラバリモデルを展開しています。



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 「EF55形」は、1936(昭和11)年に3両生産された流線形の電気機関車。
 先輪の問題などありますが、いまのところプラ量販モデルはマイクロエース製のみです。 



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 「ED92形」は、1959(昭和34)年に「ED46形」として登場し、1961(昭和36)年に「ED92形」に改称された、日本初の交直両用電気機関車です。

 マイクロエースでは、本形式のみならず、「ED46形」としても抜かりなく(笑)模型化されています。



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 1961(昭和36)年に登場した「ED72形」は、1号機と2号機が試作機とされ、量産型とスタイルが大きく異なっています。
 マイクロエースでは1号機を模型化。



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 「ED77形」の試作機は、1965(昭和40)年に登場した「ED93形」です。
 後に「ED77形」の量産機に仕様を合わせる改造が施され、「ED77-901」と改番されました。



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 「マニ30形」は1978(昭和53)年に登場した現金輸送用車両で、6両が製造されました。
 こんな特殊な車両を模型化しようという企画力・・・どこから生まれてくるのでしょうか。



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 屋根上のサーチライト点灯ギミックが楽しい「クモヤ193系50番台」は、交直両用の架線検測車だった「クモヤ495系」を直流化して形式変更したもの。

 2両1編成しかない形式ですが、マイクロエースは「クモヤ495系」から改造されていくステップごとに、4種類も模型化しています。



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 「C63形」に至っては、設計図は完成したものの実車が存在しないという「幻の機関車」。
 それだけでも凄いと思いますが、「お召し仕様機」を製品化してしまうとは!

 マイクロエースの蒸気機関車には多くの「お召し仕様機」が用意されていますが、これはまた格別の一品です。



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 「sMALL☆wORLD」で、1号編成を牽引する「C63形お召し仕様機」。

 量販品のプラ製鉄道模型も、当然のことながら設計図を起こし、金型を製作して製造されるわけです。
 そう考えると、誰もが知り、知名度が高い形式のモデルと、ごく少数しか製造されなかった形式のモデルとでは、設計・製造にかかる手間と費用はそれほど変わらないのに、売れ行きの予測は全然違ってくるはず。
 しかし、そんなマイナーな形式まで、手ごろな価格で次々と模型化してくれたマイクロエース。

 独特のセンスとスタイリングには、いろいろな意見があると思いますし、それを否定するつもりもありません。

 また、特段ヨイショするわけでもないのですが・・・。
 それでも、マイナー機が好きな私にとっては、有り難いメーカーですね。