「EF62形」は1962(昭和37)年に登場した国鉄の直流式電気機関車で、国鉄の最急勾配路線であった信越本線の「碓氷峠」において、峠を越える直通列車を牽引する本務機として開発されました。

 「碓氷峠」に配置された「EF62形」は、僚機の「EF63形」と共に峠越えの貨客列車を牽引して活躍しましたが、やがて客車列車は電車に代わり、貨物列車は輸送効率が悪い碓氷峠を迂回するようになってしまったため、直通の貨客列車を牽引する機会が激減した「EF62形」は、余剰になってしまいます。
  
  そこで、余剰となった「EF62形」は、東海道・山陽本線で老朽化してきた「EF58形」を置き換えるために碓氷峠から下関に転属になり、主に東京~下関間の荷物列車を牽引する役目に就くことになったのですが・・・。

 中古ショップで、マイクロエースのモデル(品番 A0976)を発見。
 数ある「EF62形」のモデルの中でも、私が一番欲しかったものだったので、迷わずお持ち帰りです。



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 このモデルのプロトタイプは、下関に転属後の「21号機」です。
    2012(平成24)年に発売されたモデルで、ウチに来たマイクロエースの電気機関車第1号ですが、とても良くできていると思います。



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  「EF62形」は、急勾配での強大な牽引力発揮と通常の路線での軸重負担軽減を両立させるために、日本の新性能電気機関車では唯一「C-C(3軸+3軸)」という車輪配置が採用されているのが大きな特徴です。



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 模型でも、1台車につき3軸の駆動が再現されています。
 走りはスムーズ。



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 こちらはKATOの「EF64形 1000番台(品番 3023-1)」。

 一般的なB-B-B(2軸+2軸+2軸)スタイルです。



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 「EF62形」の屋根のカバーは、軽量化と採光を兼ねてFRPが採用されました。
 模型でも、黄ばんだような独特の色調が再現されています。

 肩部の採光窓も、モールド表現だけではなくちゃんと抜けています。

 また、このモデルはパンタグラフの集電シューがカッパーに塗装されていました。
 前オーナーさんが塗ったのでしょう。



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 手すりは別パーツですが、若干太め。
 ごついカプラー解放てこが取り付けられています。

 また、このモデルではスカートのホースが最初から黒く塗られており、メリハリのある顔立ちになっています。

 下関に転属した「EF62形」は、貫通扉下のステップを一部(向かって左側)カットして、新たにジャンパ栓が取り付けられていました。



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 KATOの「EF64形 1000番台(左)」と。



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 「EF64形 1000番台」は、前面窓ガラスが垂直ですが・・・。



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 「EF62形」は前面の窓ガラスが傾斜しているため、クラシカルな印象です。



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 所属表記は「関」。

 本来は急勾配線区用の機関車だった「EF62形」は、平地で高速走行できるように設計されていた「EF58形」とは異なり、東京~下関の長駆1,000キロを高速で走り抜けるようには設計されていませんでした。
  
  しかし、末期の国鉄には用途変更に対応させるための改造を施す余裕もなかったために、峠を下りた「EF62形」は、基本的にはそのままで運用されることとなり、無理がたたって故障が続発したといいます。



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  さらには、国鉄が1986(昭和61)年に荷物列車の運用を廃止してしまったため、「EF62形」はここでも運用の機会を失い、次々と廃車されていったのです。

  下関に転属してから、わずか2年半後のことでした。



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  また、退役後の運命も僚機の「EF63形」とは対照的です。
  碓氷峠で共に働いた「EF63形」が、体験運転可能な状態で4両も動態保存されているのに対し、この「EF62形」は2両が静態保存されているのみ。
  
  華々しかった「碓氷峠」での活躍と、不向きな任務に就かされたうえに、あまり報われることがなかった不遇な晩年のギャップが、この機関車に切ない魅力を与えています。